腎臓内科医が思うこと(2)~ノーベル賞と遺伝子治療のはなし~
2023/12/05
皆さん、急に寒くなり、体調を崩していませんか?
心優しいスタッフがクリスマス飾りをしてくれて、クリニックにクリスマスソングのオルゴールが流れ、今年も終わりに近づいたことに気付かされました。
この1年、皆さんもいろいろあったと思いますが、私も医学的に印象的だったことがあったので、それを書き記したいと思います。
今年のノーベル医学生理学賞が10月に発表されました。
そのコロナワクチン作製につながった基礎的な研究、遺伝子(メッセンジャーRNA:mRNA)に関する研究成果に対する受賞です。
RNAという言葉を、コロナワクチンで初めて知ったという方も多いと思います。
従来のワクチンは、ウイルスを構成するタンパク質を大量に生産して作っていたため、その作製に数年を要していました。
それに対し、mRNAワクチンは、ウイルスを構成するタンパク質の遺伝情報を接種するだけなので、短期間でワクチンを作ることができます。
mRNAワクチンの研究は30年くらい前から行われていましたが、なかなか実用化できませんでした。
人間は体外から入ってくるRNAを排除してしまうことが一番の原因でした。
それを長年の研究により克服したのが今回のノーベル賞受賞者たちです。
この研究成果がなければ、これほど迅速にコロナに対するmRNAワクチンを作製することはできなかったと言われています。
私は、このニュースを知った時に、ふと「いつか嚢胞腎にも遺伝子治療ができる日が来るのではないか」という思いが浮かんできました。
嚢胞腎に対する遺伝子治療を踏まえた研究が最近いくつか報告されていたからです。
今回は、そのうちの世界的な医学誌に掲載された論文2つを紹介します。
一つ目は「正常な遺伝子を戻せれば、嚢胞腎そのものを治せる可能性がある」という論文です。
著者らは、生後4~6週でPKD1遺伝子をノックアウト(働かなくなるように)してモデルマウスを作成しました。
生後13週には典型的な嚢胞腎ができました。
その中の一部のマウスに13週目にPKD1遺伝子の働きを再度正常に働くように仕掛けをしました。
すると、16週目には、ほとんど嚢胞が消失し、少なくなっていた腎臓の間質も修復され、腎臓の組織がほぼ正常に戻っていました。
(Dong K, et al. Nat Genet. 53:1649-1663, 2021.から作図)
遺伝子全体を発現させれば、それ以降に進行しないことは予想できましたが、組織まで修復されるとは考えていなかったので、衝撃的でした。
二つ目は、「遺伝子の一部でも補充できれば、嚢胞腎が軽症になる」という論文です。
以前から、PKD1遺伝子はその一部が切り離され、独自に働くことが報告されていました。
著者らは、PKD1遺伝子のC末端(PKD1-CTT)の断片を遺伝子操作によりPKD1ノックアウトマウスに挿入(生後23~42日)しました。
すると、生後16週において、何もしなかったマウスと比較して、嚢胞形成が抑制されていました。
(Onuchic L, et al. Nat Commun. 14:1790, 2023.から作図)
いずれもマウスを用いた研究、しかも人間にすれば子供に対する治療になります。
なので、実際に人に応用でき、かつ治療効果が得られるかは全くわかりません。
現在、ADPKDの治療薬に関する臨床研究は進んでいます。
ただ、現時点で実際に使用可能な薬剤はトルバプタンのみです。
トルバプタンは理論的にも実際的にも有効性はあると思いますが、あくまでも進行を遅らせる治療です。
もし、ADPKDの根本的な原因である遺伝子に対する治療ができれば、根治的治療にならないとしても、進行をストップさせる治療になる可能性があります。
今の段階は「mRNA接種によりワクチンを作ることができる」と考えた時点に相当するのかもしれません。
しかし、mRNAワクチンはその30年後に実際に作られました。
嚢胞腎の治療に応用されるまでにどのくらいかかるかもわかりません。
ただ、医学は確実に進歩しています。
その成果を期待しつつ、今できることを皆さんとともに頑張っていきたいと思います。